ロックンロール、ロカビリースターを知ろう! 〜ジーン・ヴィンセント編〜ジーン・ヴィンセントが初めてギターを手に入れたのは12歳の時、ウェスト・ヴァージニアに住む友人を訪ねた時であった。友人にはギター奏者の姉がいた。 友人はジーンに自分のギターをプレゼントするが、ジーンは困惑する。これは運命なのか?と考える一方、友人が姉の厳しい練習から抜け出したいがためではないのかと勘繰ったからだ。 友人から初めてのギターを手に入れたジーンはそれ以来、通行人を相手にブルース、ゴスペル、カントリーを演奏して10代前半を過ごす。 1952年2月、ジーンは学校を辞め海軍に入隊。17歳の頃であった。 ちなみに海軍入隊から除隊まで、戦闘の経験は無い。 海軍入隊から3年後の1955年、ジーン20歳の頃、彼の身に大事件が起こる。 ジーンはマーロン・ブランド主演映画「乱暴者」を見て以来、英国トライアンフ社製モーターサイクルに魅せられていた。 当時のイギリスにおいてトライアンフ社製モーターサイクル、特にボンネビルは“ボニー”の愛称で親しまれ、労働者階級の若者達にとってロックの象徴であり、自らを主張するファッションの一部でもあった。 彼は真新しい愛車のトライアンフに跨り、走っていたところ、赤信号を無視した女性の車に衝突され全身を強打、左足は押し潰されていた。 ジーンはすぐさま海軍の病院へ搬送された。 彼の左足を見た医師は彼に切断を告げるが、ジーンは切断だけは絶対にしないよう拒否する。 この事故をきっかけに海軍を除隊。退院後、彼の足には大きな障害が残り、鋼鉄製の矯正器を着けて生活することとなる。 海軍除隊後、ジーンはバンド活動を開始し、海軍時代に知り合ったビル・ディヴィスがDJを務めていた地元のラジオ局、WCMSに出演するようになる。 1956年、エルヴィス・プレスリーのものまねコンテストに出場し、優勝したことから大手レコード会社「キャピトル・レコード」と契約。 1956年、ブルー・キャップスを率いて「Be-bop-a-lula(ビー・バップ・ア・ルーラ)」でデビューを果たす。 1956年と言えばロカビリー全盛期で、エルヴィス・プレスリーもカール・パーキンスもロカビリーファッションに身を包み、アップテンポなナンバーをこぞってリリースしていたが、ジーン・ヴィンセントは当時のロカビリー・スターとは一味違っていた。 今やロックンローラーの定番ファッションともいえるレザーのつなぎを身に纏い、ビー・バップ・ア・ルーラを歌う彼に人々は直ぐに興味を抱いた。彼の象徴であるレザーこそ、自らがトライアンフ乗りであることの証明でもあった。 ロカビリー界では見られなかったレザーファッションを最初に身に纏い、タフでダークなイメージを売りにしたそのスタイルは、当時新鮮だったに違いない。 キング・オブ・ロカビリーとして君臨していたエルヴィス・プレスリーとは異なる路線を見出したジーン・ヴィンセントの「Be-bop-a-lula」は大ヒット。 そして同年、ロックンロール映画『女はそれを我慢できない』への出演でその人気を決定付け、エルヴィス・プレスリーやエディ・コクランと並ぶロカビリー・スターとなる。 それと前後するように「Race With The Devil」「Lotta Love」「Bluejean Bop」などの現在名曲として語り継がれるロカビリー・ナンバーを数々生み出す。 それらは全てヒットを放ち、活動は順調かに思われた。 しかし1960年の英国ツアー中、エディ・コクラン、エディのフィアンセと共にタクシーで空港へ向かう途中、タクシーは交通事故に遭いエディ・コクランは即死、エディのフィアンセとジーン・ヴィンセントは重傷を負ってしまう。 事故以来、ジーン・ヴィンセントの活動は滞り、ロカビリーの悲劇によりロカビリー人気が低迷、同時にジーン・ヴィンセントの人気も低迷するが、ヨーロッパを中心にライブツアー(アマチュア時代のビートルズとも共演した)を続け、70年にアルバム『I'm Back and I'm Proud』で復活。 しかしその直後の1971年10月12日、過度のアルコール摂取により36歳で死去。 彼の残したナンバーは、数々のロッカーに歌い継がれ、ジョン・レノンは「Be-Bop-A-Lula」を、ジェフ・ベックはヴィンセントの全曲カヴァー・アルバムを、ストレイ・キャッツは彼とコクランに捧げる「Gene and Eddie」というナンバーを残している。 エルビス・プレスリーやエディ・コクラン、チャック・ベリーと共にロックンロールの創始者として、ジーン・ヴィンセントがロック界に残した功績はあまりにも大きく、彼の音楽を聴かずしてロックンロール、ロカビリーは語れないだろう。 管理人がジーン・ヴィンセントに惹かれる理由は、彼の数奇な運命にある。 ジーン・ヴィンセントは生を受けた瞬間からロカビリー・スターになる運命を持っていたように思う。 ギター奏者の姉を持つ友人に出会っていなければ、海軍に入隊していなければ、トライアンフに乗って事故に遭っていなければ…、全てがあったからこそジーン・ヴィンセントという人物が存在している。 数々のロックンロール、ロカビリースターの中でも「最も運の悪いロカビリー・スター」とも言えるが、トライアンフを愛する彼のダークでワイルドな存在感がとてもカッコよく思う。 ◆ジーン・ヴィンセント関連リンク
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